こに視点|現代日本の歯科事情

『治す』と『直す』

2017年6月4日

歯科治療の”治す”と”直す”

歯科治療において”なおす”というときふたつの意味合いがあります.

腫れや痛みや動揺などの病理症状を”なおす”ことと、病理症状をなおす過程でできてしまったむし歯の穴や歯の欠損部の形態や機能を回復して”なおす”ことの二つです.

前者の病理症状を”なおす”ときは『治す』という漢字を、形態や機能の回復には『直す』という字をあてます.

むし歯の激しい痛みを神経を除去して鎮静させたり、歯周炎で腫れあがったものを消退させるのは”治す”歯科治療です.

一方、歯が抜けてしまったところに入れ歯やブリッジを入れたり、軟化ゾウゲ質の除去によってできてしまった穴をインレーやクラウンで補ったりする処置は”直す”歯科治療です.

この”治す”ことと”直す”ことをきちんと区別して考えることが歯科治療を成功に導くポイントではないかと考えています.

 

”直す”ことに重きがおかれる歯科治療

歯科医療は昔から機能回復をその治療の主たる目的としてきました.

したがって、歯科医には機能回復の手段となる補綴物装着をそのゴールとする考え方が骨の髄まで染みこんでいます.

患者さんも、歯の治療と言えば、詰めたり、かぶせたり、入れ歯を入れて、はじめて治療が終わったと思う方がほとんどだと思います.

歯科医院へ行って「歯をなおしてください」と言ったとき、無意識のうちに詰めたりかぶせたりすることで治療が終わると考えているはずです.

しかし、むし歯をとり残したり、膿が出ているのを治さないで、補綴物をいれて直しても歯科疾患の治癒とはいえません.

歯科治療では”治って”いない(むし歯が取り切れていない、歯肉が腫れている、膿が止まっていない)のに、修復物を入れて”直った”としてしまうことがあるので、十分注意が必要です.

 

むし歯治療の”治す”局面と”直す”局面

歯科領域で一番ポピュラーな治療はむし歯の治療です.

このむし歯の治療にも"治す”局面と”直す”局面があります.

むし歯治療では細菌がゾウゲ質を侵して軟らかくなった軟化ゾウゲ質という部分を取り除き、それによってできた穴を補修して治療が終わります.

この作業を細分化してみれば、軟化ゾウゲ質の除去は”治す”行為で、できた穴を補修するのは”直す”行為です.
つまり、むし歯治療は軟化ゾウゲ質を除去することで”治して”から充填や補綴で”直す”ことをしているわけです.

それらの行為は一連の作業なので、その区別を意識している歯科医はいませんし、臨床上区別する必要もないと考えられていました.

しかし、この”治す”ことと”直す”ことを明確にしておかないと、思うような治療結果を得られないことがあるので注意が必要です.

 ”治す”局面における処置は細菌の侵入した歯質である軟化ゾウゲ質を完全に除去することがその目的なので、どのような歯科医が行ってもその処置内容にそれほど違いはありません.

しかし、除去してできた穴を”直す”修復処置は歯科医の技術や考え方、また患者さんの要望によってかなり異なってきます.
同じ状態の穴でもつめる処置からかぶせる処置までその選択肢の幅は広く、修復する材料も歯の色をしたレジンやセラミック、金や銀の金属などいろいろな種類があります.

したがって”直す”局面ではその患者さんの希望によって、その歯科医の考え方によって直し方は一人ひとり違ってくるのです.

 

歯周病は”治し”てから”直す”

歯周病治療は”治す”ことが大切

 むし歯の治療では”治す”ことと”直す”ことの区別をはっきりさせる必要はありませんが、歯周病治療では”治す”治療の局面と”直す”修復の局面の区別をはっきりさせないと、再燃再発を余儀なくされたり、抜かなくてもよい歯を抜かれてしまうことになります.

細菌のコントロールなどによって歯周組織の炎症性組織破壊を治めるのが”治す”局面、挺出(ていしゅつ)や傾斜してしまった歯を歯冠形態修正や修復物によってもとの形に近づけたり、抜けてしまった所をブリッジや義歯で補ったりするのが”直す”局面です.

歯周病の治療は腫れや排膿などの症状をしっかり”治さ”ないで修復物を入れても、歯周病治療は終わりませんいくら白いきれいな歯が入っていても、歯周ポケットから膿が出ていては歯周病は”治った”ことにはならないことは言うまでもありません.

歯周病の治療では”治す”ことが”直す”ことより重要です.
ところが歯周病治療で”治す”のは難しいので、排膿がなかなか止まらない歯や膿瘍の再発を繰り返す歯はホープレスの歯だといって抜いてしまう歯科医がたくさんいます..

 

歯周病治療のゴールは補綴物セットではない

 長い間、歯科医の仕事のほとんどはむし歯との格闘でした.

むし歯治療では治療の局面と修復の局面がセットになっているので、むし歯治療では修復物のセットが治療のゴールになります.

しかし、前述したように、歯周病治療のゴールは修復物をセットした時ではありません.

歯周病のゴールが修復物のセットということになると、歯科医も患者も修復物を早く入れたくなります.特に歯科医は経営のためにもはやく修復物を装着したくなります.

そこで、歯周病が治らなくても歯周外科手術をしたことでやるべきことはやったとして修復物を入れてしまう、あるいは治療が難しかったり、手間のかかる歯は早々に抜いてしまう、という治療がまかり通っているのです.

「こんな状態で高額な補綴物を入れないでほしい・・・・・」
「歯槽骨がこれだけ残っているのになんで抜くなんて言うんだろう?」
とブツブツ言いたくなるケースが後を絶ちません.

歯周病の治療では”治す”ことをしっかり行ってから修復しなければならないということをしっかり頭に入れておきたいと思います.

 

歯根破折でも”治す”ことを考える

歯根破折の歯は抜歯してしまうというのが一般的な歯科医の対応です.
割れてしまったところは元のようにくっつけることが難しく、割れた状態のままだと腫れや痛みが止まらないから、というのが抜歯の理由です.

しかし、ここでも”治す”ことと”直す”ことを冷静に考えてみる必要があります.
歯根破折によっておこる痛みや腫れを”治す”局面と、そのあとの不都合を”直す”局面とを分けて考えてみたらよいのではないでしょうか.

歯根破折による腫れや痛みなどの諸症状は抜かないと治らないと考えられていますが、その歯にかかる力を取り除いて経過観察していれば自然治癒力が働いて諸症状は消退します.
しかし症状が消退しても、歯は破折部から二つの部分に分かれてしまうので、通常の補綴は難しくなります.
しかし、そのような形態的機能的不都合をどう直すのかを考えるのが歯科医の役割ではないでしょうか.

歯根破折だからといって簡単に抜かずに、まず症状を”治す”ことを考、諸症状が治った後に”直す”計画をたてるようにしたいと思います

 

”直す”ことしか頭にないので簡単に抜いてしまう

歯科治療といえば、歯科医も患者さんもむし歯治療のパターンしか頭にないので、”治す”ことと”直す”ことを混同しているきらいがあります.

特に歯周病治療や歯根破折の治療ににおいて、補綴物を入れることつまり”直す”ことを歯周病のゴールと勘違いしている歯科医が多いので、補綴物やインプラントのために簡単に歯を抜いてしまうことになるわけです.

歯を抜いてしまう理由として、歯周病がもたらすやっかいな症状、痛みや腫れや動揺などを”治す”技量がないということもあります.

また、”治す”ことには経営的なメリットがあまりないので、”直す”ことばかりに一生懸命になるということもあります.

 

 

 

 

 

 

 

 

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