こに歯学|歯科の記事

ときに悪玉菌、しばしば善玉菌、常に常在菌

2020年9月10日

ヨーグルトの宣伝などで、『善玉菌』『悪玉菌』ということばをよく見かけます。

しかし、この善玉、悪玉という用語、ヒトマイクロバイオーム計画の報告から考えると、あまり適切な表現では無いのではないかと思います。

それは、一般に悪玉菌と考えられる病原菌が病気を発症させずに存在していることがままあるからです。

たとえば、エンテロトキシンを産生して食中毒を引き起こす黄色ブドウ球菌は、1/3以上の人の鼻腔の中に何も問題を起こさず生息してしているということがあります(失われてゆく我々の内なる細菌)。

この生体に為害作用を加えない黄色ブドウ球菌を見つけ出して取り除こうとする医者はいませんし、除去する必要もありません。

悪名高き黄色ブドウ球菌でさえ悪さをせずにおとなしくしていることの方が多いわけですから、そのほかの常在微生物のメンバーをこれは善玉菌、こっちは悪玉菌と峻別することはあまり意味が無さそうですし、現実的ではありません。

このことは、私たちが「口腔内細菌の中から歯周組織破壊を引き起こす悪玉菌を探して除去する」という従来の歯周治療の発想を転換しなければいけない時期にきているということを教えてくれています。

緑色連鎖球菌の両義性

感染性心内膜炎の原因菌の一つである緑色連鎖球菌は口腔内常在菌であることが知られています。

そして、この緑色連鎖球菌と病原性の強いA群溶連菌を混合培養すると必ず緑色連鎖球菌が勝利するそうです。

つまり、緑色連鎖球菌はあるときには感染性心内膜炎と関連することがあっても、他の時には病原性細菌を排除することによって私たちの健康に貢献しているわけです。

常在菌のなかには時に悪さをすることがあっても、時と場合によっては生体を外敵から守る味方になることもありうるわけです。

このことは口常在菌である緑色連鎖球菌に限らず、他の常在菌にも言えます。

 

ピロリ菌は悪玉菌

オーストラリアのバリー・マーシャルとロビン・ウォレンはヘリコバクター・ピロリの純粋培養、胃炎や胃潰瘍との関連性の発見といった功績に対して2005年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
その後、ピロリ菌が胃がんの発症にも関連していることが分かり、世界保健機構(WHO)がピロリ菌はヒトに発がん性を認めると認定するに至ります。

その結果、世界中の医師がピロリ菌悪玉説を確信して、保菌者には抗生物質による除菌がさかんに行われるようになりました。

インターネットを覗いても、製薬会社のホームページを中心に『ピロリ菌はがんになる』『ピロリ菌を除去しよう』などの文字がたくさん躍っています。

『ピロリ菌がうつるので孫への口移しは止めましょう』などという『歯周病菌はうつる』と同じような間違った注意喚起も行われています。

ピロリ菌はアレルギー疾患の発症を抑制する

しかし、ここにピロリ菌は花粉症や喘息、アレルギー性皮膚炎の発症を抑制する、あるいは予防的に働くという、ピロリ菌があるときには善玉として働くという研究報告があります。

Asthma is inversely associated with Helicobacter pylori status in an urban population(Joan Reibman)
喘息は都市住民におけるヘリコバクターピロリの状態と反比例する

Helicobacter pylori colonization is inversely associated with childhood asthma(Chen)
ヘリコバクターピロリのコロニー形成は小児喘息と反比例する

T細胞、B細胞といったリンパ球には免疫反応を担う役割がありますが、制御性T細胞(T-reg)は免疫反応に抑制的に働きます。

ピロリ菌は胃壁の樹状細胞との相互作用を通して免疫システムをプログラムして制御性T細胞の産生を引き起こしてアレルギー反応を抑制することが分かったのです。

Helicobacter pylori infection prevents allergic asthma in mouse models through the induction of regulatory T cells(Isabelle )
ヘリコバクターピロリ感染は、調節性T細胞の誘導を通じてマウスモデルのアレルギー性喘息を予防する

つまり、ピロリ菌の存在はアレルギー反応の暴走を食い止める、言い換えれば喘息や花粉症、アトピー性皮膚炎の発症を阻止して、予防しているということになります。

ピロリ菌は口の常在菌である緑色連鎖球菌と同様、時にヒトに害を与え、時に有益になる細菌だということができるわけです。

常在微生物群、マイクロバイオータのとらえ方

そして、宿主のアレルギーがひどくなる前に免疫反応のスイッチを切ることができる細菌はピロリ菌だけではないかもしれないとマーティン・ブレイザー先生は言います(失われてゆく、我々の内なる細菌)。

特定の菌がヒトの生命活動に寄与するのではなく、その役割を果たす細菌群のいずれかをそれぞれの個人が備えているというマイクロバイオームの考え方からすれば、他にも制御性T細胞の産生を引き起こす細菌がいると考える方が自然だと思います。

つまり、生体にいる100兆個もの細菌や真菌を、今までの細菌学の考え方で、どれが悪玉細菌でどれが善玉細菌と白黒つけることはあまり意味がないということになります。

ピロリ菌や緑色連鎖球菌のように時に悪玉、しばしば善玉、そして常に平穏な常在菌というのが、生体とともに生きているマイクロバイオータの姿なのだと思います。

マイクロバイオータに関する新常識

私たちが自分自身というとき、身体に宿る常在微生物群(マイクロバイオータ)をも含めて考えることが必要な時代になっているのではないかと思います。

常在微生物群の中のこの細菌が悪玉菌だから除去しなければならないという単純な「原因除去療法」では片付かない問題が多くなっているわけです。

自分の一部である常在菌を取り除いてしまうことは別の災難を引き寄せる可能性があると考える必要があるわけです。

その治療効果さえ疑わしい歯周炎に対する抗生物質治療は得られるもののに比べてその損害はあまりにも大きなものになります。

無用な抗生物質治療は絶対しないようにお願いします。


歯周病の新常識
小西昭彦
阿部出版
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