歯科治療で投与された抗生物質が人の命を奪ってしまったという話があります。
(失われてゆく我々の内なる細菌:M・ブレイザー)
抗生物質投与が腸内細菌群の攪乱を招き、それがもとで亡くなってしまいました。
歯科治療における抗生物質について、歯科医はもっと考えなくてはいけません。
歯の治療で死亡
幼稚園の教諭をしていたペギー・リリスは歯の治療を受けた後、1週間分の抗生物質を処方されました。
4,5日するとペギーは下痢を発症し、なかなか治まらなかったので医者に連絡しました。
医者が来院するように指定した日の朝、ペギーはショック状態を引き起こし、ベッドから起き上がることさえできなくなっていました。
クロストリジウム・ディフィシル
病院で行った大腸内視鏡検査の結果、ペギーはクロストリジウム・ディフィシルに感染していることが分かりました。
クロストリジウム・ディフィシルは、通常ほとんど悪さをしませんが、腸内の競合する細菌が抗生物質によって一掃されたとき、恐ろしい障害を引き起こすことがあります。
クロストリジウム・ディフィシルの増殖が始まると、菌はあっという間に腸内を覆いつくし、大腸を穴だらけにして糞便や細菌が体内に溢れ出してしまいます。
その結果、ペギーは敗血症を起こして死亡してしまいました。
病に倒れて1週間、歯科医の治療を受けて2週間足らずのことでした。
(失われてゆく、我々の内なる細菌-マーティン・ブレイザーより)
腸管の生態系
普段は身体の中にいても悪さをしない菌が、なぜ人の命まで奪ってしまうような凶悪な細菌になってしまったのでしょうか?
その答えは腸内の生態系の攪乱にあります。
腸管には常在菌群という細菌が棲みついており、互いに競合と協働を繰り返しながら生存をはかっているのです。
しかし、抗生物質の投与により、クロストリジウム・ディフィシルと競合してその増殖を抑え込んでいた菌が減少してしまうと、クロストリジウム・ディフィシルがあっという間に繁殖してしまうわけです。
マイクロバイオームの攪乱
ヒトミクロバイオーム計画により、健康な身体の人にも病原性微生物が存在していることが確認されました。
それらの病原性微生物がいても、なぜその疾患を発症しないのか、詳細は分かっていません。
しかし、生体にいる常在菌群(マイクロバイオータ)とそれらの持つ遺伝子群の働き(マイクロバイオーム)が大きな役割を果たしているのではないかと考えられています。
そして、そのマイクロバイオームの攪乱をもたらす抗生物質の投与は、思いもよらぬ疾患を引き起こしてしまう可能性があるわけです。
ペギー・リリスの命を奪った抗生物質は歯科の治療において、どうしても必要だった処方だったとは思えません。
歯科治療後の感染予防のために投与された抗生物質のために命を落としてしまったのでは、その代償はあまりにも大きすぎます。
抜歯や歯周外科手術後の抗生物質投与は本当に効果があるのでしょうか?
歯科治療における安易な抗生物質投与は控えてほしいと思います。
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