こに思考|他方面から学ぶ

歯科治療は機械修理ではありません

2018年2月5日

科学を支える3つの原理のうちの「客観性」と歯科治療について考えてみたいと思います.「客観的」であろうとすれば、対象に対する「主観的」な感情は排除されることになります.

歯に穴があいている、歯周ポケットが深くなっているという客観的な事実だけに目がいって、穴があいて困っている患者さんの思いや、歯が動揺する不安感などに対する配慮は忘れ去られてしまいます.

「客観性」だけに基づいた歯科治療は機械の修理と同じになり、歯科治療を機械修理と同様に考えていると将来大きな落とし穴が待ち構えています.

人間の身体は機械のように取りかえることはできないからです.

 

歯科疾患は機械の故障とは違います

割れてしまった歯(破折歯)の治療について問い合わせがありました.

歯根破折歯を抜かずにできるだけ長持ちさせる治療法を教えて欲しいという質問です.

メールには破折歯のレントゲン写真が添付されており、”フィステル”、”矯正的挺出”、”口腔内接着”、”意図的再植” などの専門用語を含めて、破折の経過やこれからの治療法はどうすればよいかという質問がかなり的確な表現で書かれていました.

歯根破折というトラブルに直面して、歯を残したいという気持ちがひしひしと伝わってくる文面でした.

しかし、このようなお問い合わせには、一般論でしかお答え出来ないのが現実です.

レントゲン写真のほかに、口腔内写真やマイクロスコープの映像まで送ってくださる方もいらっしゃいますが、それでもご期待に沿えないことがほとんどです.

なぜなら、歯根破折は自動車の故障とは違うからです.

 

自分自身で調べる

自動車がトラブルを起こした場合、当該部位の写真やその他の情報を送れば、遠方にいてもその修理法は大体見当がつきます.

それは自動車がまったく同じ規格で大量生産されたもので、その故障の起き方は画一的だからです.

しかし、歯のトラブルは違います.

人間の身体は同一の規格で作られたものではありません.

割れたその歯の処置、例えば矯正的挺出をするか、接着をするか、破折片除去だけで対応するかなどのアプローチはレントゲンや口腔内写真など詳細なデータがあればある程度答えが出せるかもしれません.

しかし、たとえ一番良いと思われる処置法がとれたとしても、それだけで長期的に良好な予後(よご)が期待できるかと言えばそうはいきません.

その歯の予後は、噛み合う歯はどうなっているか、その他の歯の状態はどうなのか、咬合状態や咬合様式はどうなっているのか、歯ぎしりなどの悪習癖があるのかないのか、食生活はどのようになっているかなど、多様な要素を考えなければならないからです.

そして、もっとも重要なのは、その歯に歯根破折をもたらした力はどこから来たのか、それを見つけ出すことです.

そしてその患者さん自らが自分の力が破折を招いたことを自覚し、自分が何をしなければならないかを知り、その力のコントロールをすることが必要になります.

内部接着はどうか、外部接着で何とかならないかなどという一般論は個別の問題が整理できた後に考えることで、患者さんがいくら歯科医学の知識を得ても、妙案は出てきません.

自分の身体を客観的にみるのではなく、ご自身の歯や口、食生活や歯ぎしりなどの習癖に関して、自分自身で調べてみることが必要です.

 

デカルトにはじまる人間機械論

「われ思う、故に我あり」で有名なデカルトは医者でもありました.

デカルトは「心臓はポンプである」といったハーヴィの血液循環論を高く評価し、「人間機械論者」の元祖であるとあると考えられています.

人間を機械としてとらえるこの考え方は近代医学の発展に大きく寄与し、特に歯科医療はこの考えを基に大いに発展してきたといってよいでしょう.

現在でも、歯科医と患者さんとの話し合いと言えば、「自費の白い歯にしますか、保険の銀歯にしますか」、「歯を抜いた後はブリッジにしますか、インプラントにしますか、入れ歯にしますか」というような内容がほとんどです.

これらの対応は自動車が壊れたときに、どのような部品を使ってどう修理するのか、ついてはいくらいくらかかるという、客と修理工場との話とまったく同様のものです.

歯科医のなかには家電のようにインプラントや補綴物の保証期間を設けている歯科医もいます.

これらのことは歯科医が歯科治療を機械の修理と同様に考えていることの証明です.

そこには、患者さん固有の口に対する配慮や、患者さんがどのような体調でどのような環境なのか、これからの口の健康にその歯科治療がどのような位置づけになるかを考え、患者さんと十分なコミュニケーションをとって治療にあたろういう医療者としての発想はありません.

欠陥車を呼び戻して、修理をすることをリコールといいますが、定期検診をリコールと呼んでいる歯科医がいることは皮肉以外の何物でもありません.

 

歯科治療を修理と一緒にすると将来後悔します

歯科治療が終わったからといって、むし歯の穴が跡形もなくなくなってしまったり、失われた歯根膜が取り戻せるわけではありません.

ましてや抜かれてしまった歯の代わりにインプラントやブリッジを装着しても元の歯が戻ってくるわけではありません.

歯周病で歯根膜が減少していることや歯の欠損を無視して、セラミックやインプラントで見た目だけ元のような形にしたからといって、それで昔と同様の機能が回復することはありません.

失ったものの”ツケ”は必ずどこかに回っています.

歯は身体の一部です.人間の身体は機械ではありません.

歯科治療を機械の修理と一緒に考えていると、先々大きな後悔に見舞われてしまいます.

関連図書

歯科治療の新常識 P60 社会的歯科医原病

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