むし歯は早期治療がベストなのか?
“近代科学が覆い隠してしまったことに気がつかないで歯科医療を行っていると、思わぬ落とし穴にはまり込んでしまいます(『近代歯科医療の落とし穴』)。
たとえば、「むし歯は放っておいても治ることはないので、小さなむし歯は早めに削って詰めてしまった方が良い」という考え方があります。
確かに、むし歯は自然に穴がふさがることはありませんし、むし歯の進行を止めるには削って詰めるのが一番良い方法です。
したがって、むし歯を見つけたら削って詰めてしまう、というのは理屈としては間違っていません。
理屈と現実のずれ
しかし、長年歯科臨床に携わって実際に患者さんの口の中を診ていると、あまり進行しないむし歯がたくさんあることに気がつきます。
かえって、むし歯の治療をしたために健康エナメル質を削除して歯の崩壊を早めてしまったという症例に出合うことが少なくありません。
つまり、科学的に考えれば『むし歯の早期発見、早期治療』は間違っていないのですが、現実的には「むし歯の治療が健康な歯質を削ってしまって、かえって歯の寿命を縮めている」ということが起こっているのです(『歯科治療の新常識』)。
これが中村雄二郎先生が言う『科学の知と現実との間のずれ』(『臨床の知とは何か』)ということです。
歯科で言えば、「学会や大学で教える机上の論理と現実の臨床の違い」ということになります。
コスモロジー(宇宙論的な見方)
「治療と言いながら健康な歯を破壊してしまう」という歯科治療の暴走を止めるには、むし歯の『ある・なし』という歯という部分をみる目だけではなく、患者さんの歯科に対する考え方や食生活のあり方、生活習慣など、その人全体を診る目が必要になります。
この全体を診る目が『臨床の知』でいう『コスモロジー』の原理ということになります。
むし歯を顕微鏡で覗き、その普遍的な病理を特定して治療にあたるのは科学的な対処の仕方です。
一方、”その人が持つ、その人だけの”むし歯という視点も併せ持って患者さんに向き合うのがコスモロジー的な治療ということになります。
科学的な見方だけでは不十分
現在、子供たちのむし歯は驚くほど減少しています。
そして、これは私の臨床実感なのですが、同じむし歯でも現在の子供のむし歯の進行速度は遅くなっているような気がします。
以前は小さい子供のむし歯を放置しておくと、ランパントカリエスといってあっという間にむし歯が口の中に広がってひどいことになってしまったのですが、そのような子供はまったくみかけなくなってしまいました。
現代の子供にランパントカリエスがあるとすれば、虐待や育児放棄が疑われるといった特殊な事情を考える必要があります。
近年のむし歯治療は、むし歯があれば何が何でも削って詰めるという『科学的』スタンスだけでは、必要十分では無くなっているのです。
コスモロジーに基づいた歯科治療
一本のむし歯をメタルやコンポジットレジンで充填をするという一歯単位の治療をしていた時代であれば、科学的根拠に基づいた治療で事足りていたかもしれませんが、欠損補綴やインプラント、歯科矯正などの一口腔単位あるいはその人の全身を考えた現代の歯科治療になると話は違ってきます。
現代の歯科治療は、科学的根拠に基づいた治療だけでは足りません。
その人の生活や生活習慣、歯科医療に求めるもの、口の健康に対する考え方などを考慮しなければ、必要十分な歯科治療を行うことはできなくなっているのです。
その患者さんの考え方や生活習慣のみならず、他の患者さんの中での位置づけや地域社会、日本全体の状況なども考慮して治療にあたるのが、『コスモロジー』に基づいた歯科治療ということになります。
現代日本の歯科治療では、『むし歯は削って詰める』という理屈だけではなく、全体を診る『コスモロジー』に基づいた歯科治療が必要なことを提案したいと思います。
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